京都「文化的」景観ガイド

真に発見のある旅とは、新しい景色を求めることではない。
新しい見方を手に入れることだ。

Marcel Proust originally from ‘La Prisonnière

吉田裕枝の京都の私的「文化的」景観を
インスタグラム(英語)と note(日本語)でご紹介しています。

横にシュッとすると10枚写真が出てきます。

このインスタグラムは元々、「文化的」景観の紹介プロジェクト
‘CULTURE loves LANDSCAPES’ のリサーチ備忘録として始めたもので
京都の地形と文化との関係がそこはかとなく感じられる
素敵な場所の素敵な部分を掘り下げて
英語での読み切りエッセイに仕立て、週イチで発信中。
*英語はネイティブチェックなしのざっくりとしたものです。

点としてのご紹介のインスタグラムに対し、
面としても各エリアの魅力を紹介しようと
2021年2月より、noteで「マイ『文化的』京都ガイド」として、月イチシリーズ化しています。

インスタグラム(英語)・note(日本語)共に
ツアーデザインや地域発信のデモンストレーションとしての意味と
どのコンテンツにどのような反響があるかをマーケティングする意味の2点を意識して
発信しています。

以下、こうした発信を行っている経緯や狙いについて、書いています。

もくじ

文化的景観を未来につなぐために

文化的景観とは、文化財や文化遺産の新しい概念で、
地形や風土と人々の暮らしとの間の見えない関係性が、
具体的に目の前にあらわれているのが景色なんだという、
鶏と卵の関係を逆さにしたような景観の認識法です。

私たちがある景観を美しいと思うのは、
建物がきれい、自然がきれい、といった部分的な評価ではなく、
そこに暮らす人の生活、歴史、風土を全部引っくるめて、
あぁいいなと感じられている現象を説明する概念でもあります。

たとえば、京都で考えてみると。

京都という場があるから、人は京都を見ることができる。
同じ京都を見て、好きだなぁと思う人、あんまり・・と思う人
全然好きじゃない!という人、いろんな人が出てくる。

すると、京都を好きだと思った人が、京都にあつまる。
京都好きが集まりはじめると、今まで京都を見たことのなかった人たちも
あつまった京都好きを見て、京都が好きになる。
京都にもっと人が集まる。

そして、最初に集まった人、次に集まった人、その次の人・・・
歴代の京都人の生活が積み重なって、京都というまちの風景をつくる。
それが、私たちが京都の景観と呼ぶものの正体。

文化的景観と名前がつけられたことで、世界中から関心が寄せられるようになり、
人が人としてのアイデンティティを保つために
なくてはならない文化だと言われるまでになってきました。

そして、文化的景観を次世代に継承しようとする人達が、
世界中至るところで活動を始めるようになった訳です。

重要文化的景観「高島市針江・霜降の水辺景観」(滋賀県)

ところが、そこに生きる住民の生活あっての文化的景観の未来を考えると、
これまでの建築物の文化財保全のように、
できるだけオリジナルの姿に忠実に、凍結して維持するのが最善、とはいかないところに、
文化的景観保全の難しさがあります。

そこで、こうした生きた文化的景観を、バランスをとりながら未来につなげるお手伝いを、
自らのライフワークとすることにしました。

Cultural Literacy(文化の見方)なしでは理解できていない

ときに、京都が、オーバーツーリズムで大変なことになっていたことは、
皆さんも記憶に新しいことと思います。

在20年あまり。大好きな京都にも文化的景観はあります。
いや、認定を受けた文化的景観以外にも、
命の洗濯にぴったりな、とっておきのマイ「文化的」景観はいくつもある。

でも、観光客は判を押したように、同じところばっかりに集まる。
どうしてなんだろう。
そこで考えました。

Cultural Literacy = 文化の見方 とは、E.D.Hirsch Jr.が1987年に刊行した本のタイトルで、
物事の読解には理解力にも増して、
言葉の背景的知識が必要だと
気づいたことから生まれた概念です。

つまり、ある言葉とセットに、その言葉の背景にある知識を持ち合わせていないと、
真のコミュニケーションは生まれないということ。

人は生まれ育った文化でのCultural Literacyは十分に身に付いているものの
新しい文化に足を踏み入れるとき、その文化のCultural Literacyがないと、
うまく理解できないのです。

一方で、インバウンド客がCultural Literacyを持ち合わせていないにも関わらず、
「何をみるか」の情報だけが溢れかえっている現状が、
オーバーツーリズムの根本原因ではないかと考えました。

「何をみるか」ではなく「どうみるか」。
本当に求められているのは、ものの見方だと考えた訳です。

だれのためのCultural Literacy(文化の見方)?

旅の目的は「何をみるか」ではなくて、「どうみるか」。

今回の新コロナウィルスの自主隔離生活で、自分自身が遠出しなくなり、改めて痛感しました。
旅の目的は、遠くに行くことではないんだと。

地元であっても、新しい見方さえ手に入れられれば、
遠くに行くのと同じ、いやそれ以上の未知の世界が広がることもある。
灯台もと暗し。

学生時代にボランティアで外国人観光客を案内したこと6年。
その後、2018年から1年半、フードツアー会社で英語ガイドを務める他、
ツアーデザインや、ガイドコーチングも担当しました。

そこで分かったことは、
ある景観を深く掘り下げて、他の文化の人に紹介すると
自分のCultural Literacyが一番、アップデートされるということ。

…「文化的」景観のコレクション、ちょっと面白いのかも?と
少しでも心が動いたなら
あなたの旅はもう始まっています。

ありきたりだと思っていた目の前の風景が、突然キラキラ輝き出す瞬間を、
ぜひ体感してみてください。

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